流域レジリエンス

■ 実施内容 ■

1.実施しようとする内容等

(1)事業期間全体について

背景と目的

水循環は、気候システムを構成する重要な自然系サブシステムである。 同時に、水循環のレジームシフトや洪水・渇水などの極端事象は、地域水管理システムを通して、都市環境や農業に大きな影響を与える社会系サブシステムでもある。 また、生物多様性・生態系は、自然系、社会系のサブシステムとしての水循環に大きく依存する。 IPCC第4次評価報告は、人間活動によって生じた気候変化によって水循環の極端事象の発生頻度が増加していると指摘した。 中国、パキスタン、ドイツ、オーストラリア、ブラジル、南アフリカと続く近年の大洪水や、都市部で顕在化してきたゲリラ豪雨などによって、その変化が実感されるようになってきた。 これらの想定を超える外力によって生じる社会の混乱は、健康や経済問題にまで波及している。
図1 水循環と関連分野の協働による社会レジリエンスの向上

図1 水循環と関連分野の協働による社会レジリエンスの向上

困難な状況にも関わらず、うまく適応する過程・能力・結果のことをレジリエンス(resilience)という。 精神医学分野で生まれたこの概念が、生態系の自然の回復や、自然災害に対する社会の弾力性という意味にも使われるようになり、さらには気候変動に適応する社会のあり方においても用いられるようになってきている。 過去のデータに基づいて想定された外力を超える、つまり想定を超える外力が発生する「可能性がかなり高い」あるいは「可能性が高い」状況の下で、しかもその評価には依然として高い不確実性が含まれている現状に鑑み、レジリエンスを有する社会、つまりレジリエント(resilient)な社会づくりが、国民の安心・安全の確保のために不可欠であると考えられている。 これは、水問題や農業や生態系など、多くの分野に共通する概念であり、また社会のレジリエンスを高めるには、これら様々な分野の相互の協力が必要である。
レジリエントな社会づくりには、確かな情報の共有と対応策のオプション提示により、健全な意思決定を支援する枠組みづくりが重要で、その結果、ガバナンスが強化されるとともに、国や地域、分野を越えたネットワーキングが確立され、レジリエントな社会が形成されていくと考えられている。 図1は、水循環を中心に考えたときの分野間の関連と社会レジリエンスの関係を表している。
わが国は、「人類の利益のための意思決定や行動が、調整され包括的で持続的な地球観測及び情報によって与えられるような将来を実現する。」というビジョンを示した複数の地球観測システム(GEOSS)10年実施計画の立案、国際的合意形成にリーダシップを発揮し、地球観測政府間部会(GEO)の設立・運営に貢献してきた。 また第三期科学技術基本計画において、地球観測データを統合化し、有益な情報へと変換して、科学の深化や意思決定に用いる「データ統合・解析システム(DIAS)」を開発し、気候、水循環、生物多様性、農業のそれぞれ分野で多大の成果を挙げてきた。
本研究は、気候、水循環、生物多様性、農業、都市河川に関わる研究グループが、地球環境情報統融合プログラムと協働して、地球規模の観測、予測データや地域の詳細データの統融合と各種モデルの結合を実現するデータ基盤(これを、ワークベンチとよぶ)をDIAS上に構築し、地球規模課題を陸域水循環系のユニットである河川流域規模で解決するためパイロットスタディを実施する。また、地球環境情報の統融合と地球規模課題の包括的な理解と本質的な解決を目指す教養課程の講義を提供し、その成果を教科書としてまとめるとともに、能力開発プログラムを設計し、対象河川流域に提供する。

実施内容の構成要素

本研究では、国内外の都市河川流域、農村河川流域を対象に、気候、水循環、生物多様性、農業、都市河川の研究グループが、DIAS上に地球規模観測・予測データや地域調査データをアーカイブして相互に共有し、これらのデータに水循環モデル、物質循環モデル、都市河川モデル、農作物モデルを統合的に組み合わせて、気候、水循環、生物多様性、農業に関わる地域の諸問題の包括的な解決のための意思決定支援に有益な情報を提供するワークベンチを構築する。 各分野の分担事項は以下の通りである。
1) 気候分野
第5次結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5)データのアーカイブとその高度利用を支援すると共に、季節予測モデルを高度化し、対象各地域の渇水傾向、多雨傾向の季節予測可能性を検討するとともに、過去30年にわたる3ヶ月季節予測情報を提供し、水循環、農業グループと協力して、その利用可能性を検証する。
2) 水循環分野
衛星データ、季節予測データ、気候変動予測データと、メソスケール気象モデル、データ同化システム、分布型水循環モデルを統合的に用いて、洪水、渇水予測情報の提供と、統合的水資源管理のための最適化情報を提供する。 また、対象河川流域における河川流量と河床形態、生物多様性の関連性を明らかにする。
3) 河川流域物質循環分野
対象の都市、農村河川流域における面源及び点源からの負荷源を分離して、負荷源ごとの原単位をよりきめ細かく設定し、DIAS上にアーカイブされている長期地表面環境データベースと水循環予測情報を用いて、物質循環モデルにより対象河川流域における月単位の窒素循環・窒素収支・水質全窒素濃度を解析する。 その際、衛星リモートセンシング技術により、流域の土地被覆変化および河口における水質(クロロフィル、懸濁物質)濃度変化についても評価する。
4) 生物多様性分野
地域住民参加型による生物多様性データ収集プログラムを作成して、データをアーカイブするとともに、衛星等の地球観測データと組み合わせて、地域環境評価法を確立する。 また、絶滅危惧種の保全や生態系サービスを向上させるために、土地利用と河川管理のあり方を水循環分野、農業分野と連携して提案する。
5) 都市河川分野
基礎データ(降雨、地形、河川および都市水路、土地利用・地表面特性、人口密度等)と地盤高や下水管路の結合情報などの詳細データを収集し、水質を含めた都市水害予測モデルを構築し、水循環分野、河川流域物質循環分野との協働によって、洪水時、渇水時をも含めた水質に関する包括的な都市水環境保全情報と管理手法の提供、および、その対応策のオプションを提案する。
6) 農業分野
DIAS上にアーカイブされる衛星観測データ、数値気象予測情報、季節予測情報、気候変動予測情報、水循環情報および地域詳細情報と、作物モデルとを組み合わせて、渇水や多雨による農作物収量変化の予測や、対応策として農作支援情報を提供する。 また、気候変動にともなうレジームシフトや極端事象の変化への対応策のオプションを提案する。

分野連携と対象地域

これらの研究分野と地球環境情報統融合プログラムとの協働により、データの統合と情報の融合によって確かな情報を共有し、地域に適した対応策のオプションを提示する地球環境情報統融合ワークベンチを構築し、各地域の様々なステークホルダー(市民、行政、地域コミュニティ、農業従事者、企業、専門家、NPOなど)の参加を得て、水、生物多様性、農業、都市河川などの課題に対して、地域スケールでの包括的な解決のための意思決定を支援するパイロットスタディを行う。
本研究では、都市-農村、南北格差、気候の違い等を考慮して、国内外の下記の特徴を有する都市河川3流域、農村河川3流域を対象とする。
a.都市河川流域
・ 多摩川支流浅川流域(東京都八王子市、日野市)
人口密集地を流れる急流河川で、洪水危険度が高い中で、河川環境の質に対するニーズが高く、また気候変動適応へむけた市ぐるみの取り組みを始めた。
・ Huong川流域(ベトナム、フエ市)
世界文化遺産であるフエ市は、水とともに生きる都市であったが、都市化が進み、水質環境の悪化が顕著で、さらに近年続けて大水害に見舞われ、大きな被害が出ている。
・ Citarum川流域(インドネシア、バンドン市)
水質悪化、地盤低下が著しく、気候変動への適応も急務とされている。
b.農村河川流域
・ 朱太川流域(北海道黒松内町)
わが国北限のブナ林を中心に据えたまちづくりや川とその生物多様性に注目した政策など進め、氾濫原管理による自然再生も目指している。
・ Sangker川流域(カンボジア、バッタンバン市)
トンレサップ湖の南西岸に位置する同国の米作中心地域で、地上観測はほぼ皆無で、地球環境情報の利用が望まれている。
・ Nyando川流域(ケニア、ニャンザ地域)
ビクトリア湖の東岸に位置し、局所循環性降雨による水害が多発する地域で、洪水を克服し、持続可能な農業の確立が望まれている。

人材育成

本研究では、都市-農村、南北格差、気候の違い等を含む6河川流域でのパイロットスタディを通して、水、生物多様性、農業、都市河川などの課題への地域スケールでの取り組みについて、地域間の違いと共通性を整理して、地球環境情報統融合ワークベンチの構築とその適用に関わる論理的体系を構築して、大学教養課程で講述するとともに、その内容を取りまとめて教科書として出版する。 また、各河川流域で、各ステークホルダーの参加によるセミナーを開催して、地球環境情報統融合ワークベンチの利用方法や、それを用いた意思決定プロセスに関する能力を育成する。
以上を取りまとめ、本研究のフレームワークを図2に示す。

図2 研究のフレームワーク

図2 研究のフレームワーク

(2)平成23年度事業について

1) 対象流域のニーズの整理

国内2流域での気候、水循環、河川物質循環、生物多様性、都市河川もしくは農業に関わる課題とニーズを整理するとともに、海外4流域の基礎情報を収集する。

2) 地域詳細データ収集手法の設計

DIASにおける生物多様性研究で開発された住民参加型のデータ収集、品質管理、アーカイブ、および統合・解析手法を積極的に導入した、地域詳細データの収集手法の設計を行う。

3) モデル間結合の設計

水循環モデル、物質循環モデル、都市河川モデル、農作物モデルなど、本研究で用いるモデル間でデータや情報を共有し、相互に連携させながら利用できるシステムを設計する。

4) 地球環境情報統融合ワークベンチの基本設計

気候、水循環、生物多様性、農業、都市河川に関わる研究グループと、地球環境情報統融合プログラムの研究グループで協力して、地球規模データ、地域規模データのアーカイブ、モデル間結合等に関する基本設計を行い、開発すべきソフトウェアと必要なハードウェアを検討する。

2.達成目標

(1)実施計画の実施により目指す目標

・ 短期的目標

1) 対象各河川流域において、気候、水循環、生物多様性、農業、都市河川の研究グループと地球環境情報統融合プログラムの連携によって、地球環境情報統融合ワークベンチを構築する。
2) 各地域のステークホルダーの参加、協力を得て、地球環境情報統融合ワークベンチを用いて、水、生物多様性、農業、都市河川などの課題に対する地域スケールでの意思決定を支援するシステムを開発する。

・ 中長期的な目標

1) 水、生物多様性、農業、都市河川などの課題に対する地域スケールでの意思決定のための地球環境情報統融合ワークベンチの適用において、その地域間の違いと共通性を整理して、考え方および手法の論理体系を新たに構築する。
2) 地球環境情報統融合ワークベンチの適用事例を増やし、「人類の利益のための意思決定や行動が、調整され包括的で持続的な地球観測及び情報によって与えられるような将来を実現する。」というGEOSS10年実施計画のビジョン実現の一翼を担う。

(2)実施計画の実施により期待される効果

地球規模課題の解決には多くの知の融合が必要であり、また多くの様々なステークホルダーの関与が不可欠である。 本研究では、分野連携によって水循環の時空間変動と生物多様性、農業、都市河川の諸課題に関する地球観測データや地域詳細データと、様々なモデルの統合的利用を実現する地球環境情報統融合ワークベンチを構築し、ステークホルダーとの協力でその利用を促進する。
その結果、地球規模課題の解決のための「知識インフラ」が生み出され、その社会実装が進み、顕在化している課題だけでなく、新たに発生する課題や想定を超える外力に対応できる科学知が創出され、さらに広いステークホルダーが利用可能とするシステムとへと進化することで、レジリエントな社会づくりへの貢献が期待される。

3.実施計画終了後の取組見込み

(1)計画終了後、構築したネットワークを活用し、どのように研究開発、人材育成を行うか。

1) 地球環境情報統融合プログラムでは、5年後にシステムの運用体制の実現を目指しており、本研究によって開発された地球環境情報統融合ワークベンチのパイロットシステムを運用のためのプロトタイプとして発展させ、国内の多くの河川流域において運用的に適用していく。 運用のための人材育成もあわせて実施する。
2) 地球環境情報統融合ワークベンチの構築とその適用における地域間の違いと共通性を整理して構築される論理的体系は、東京大学地球観測データ統融合連携研究機構における教育活動のなかでさらに発展させ、知の構造化と融合の学問体系の中心を分野として位置づけていく。

(2)計画終了後、得られた研究成果をどのように維持・普及・発展させるか

1) 総合科学技術会議による「社会インフラのグリーン化」の施策パッケージとして示された「地球観測情報を活用した社会インフラのグリーン化」の具体事例として、国内2流域の事例を広く紹介し、わが国としての国土、地域保全の中心的政策に取り込んで、広域展開を目指す。
2) 海外4流域は、GEOSSにおけるアジア水循環イニシアチブ、アフリカ水循環調整イニチアチブのデモンストレーション流域であり、GEOSSの分野連携による取り組みの象徴的成功事例として紹介し、2015年以降の新たな10年実施計画の中心的課題に据えて、広域展開を目指す。

4.その他

(1)データ統合・解析システムの具体的な利用内容

1) DIAS基盤システムのストレージ空間と、多様で超大容量データとリンクしたサーバの利用
2) データ投入、品質管理、アーカイブシステムの利用
3) 気候、水、生物多様性、農業、都市河川間のデータ統融合機能の利用
4) 共通的な可視化・統計・基本データ解析等のソフトウェアの利用
5) 各種モデルを統合的に利用するためのソフトウェア開発支援機能の利用
6) 分野間のデータ・情報相互利用のためのオントロジーの利用

(2)利用予定の観測・予測データの種類等

1) 高精度の数値予報モデル,再解析,データ同化の出力::JRA-25, CMIP3, CEOP-Model等
2) プロジェクト研究による現地観測データセット:CEOP-Reference Site, AWCI, JICA-Tibet等
3) 国内外の現業機関からの提供データ:JCDAS, レーダ雨量計/河川リアルタイム情報等
4) 国内外行政機関、開発援助機関などからの社会・経済データ
5) 市民参加型収集データ